『ずっと我慢してきました。私が我慢すればいいのだと思っていました。
でも限界です。もう我慢できません。出てゆきます。
貴方はいつでも自分のやりたいようにやってきました。
これからは私という重りもなく好きなようになさいませ。ただ、これから出会う人には
私のように辛い思いをさせないで下さい。
貴方はいつでも自分の不機嫌を私にぶつけ、私の不満に対しては更なる不機嫌で返してきましたね。
貴方の与えたストレスで私が倒れても一言の優しさもなくただ怒るだけ。
私は一体何だったのでしょうか。
私はこれで居なくなります。ですからこれから会う人には謝る勇気を持って下さい。
貴方は「男にはプライドがあるんだ」とおっしゃいますが女にだってあります。
ただ、男のあまりに幼稚なプライドに哀れになって立ち向かわないだけです。
それを知った上で人を敬う心を持って下さい。
私は、この後実家に帰る事はありません。友人にも迷惑をかけないつもりです。
ですから探さないで下さい。両親や友人達に迷惑をかけないで下さい。
お願いします。では、もう会う事はないでしょう。さようなら。』
頭がガンガンした。
昨夜のそれは、それ程致命的な喧嘩であっただろうか?
それとも、降り積もった不満に最後の一押しをしてしまったというのであろうか。
冷静さを装ったようで、言いたい事をぶつけたようで、それでいてまだ煮詰まらないそんなジレンマを抱えた
文章に思える。
どうしたらいいのだろう。ただ、この紙の中に行く先の手がかり等が無い事だけが判った。
実家には帰らないと書かれているし、妻の実家は帰るのに半日以上かかる。
実家に電話をしてもまだ無駄だろう。とすると、友人達。迷惑をかけるなと書いてはあるがかまうものか。
だが、携帯が普及したこの時代、妻の友人達の連絡先など判るのだろうか。あとは、妻のマメさに掛けるだけだ。
妻の使っている引き出しを開け手帳らしきものを引きずり出す。
3冊あるうちの1冊にアドレス帳がついていた。慌てて、開いてみる。
あった。
友人達の携帯ナンバーが細かく書き込まれていた。
とりあえず、友人達の中で知った名前にだけ電話を掛ける事にした。
1人、2人、何故だかどの携帯も話し中で繋がる事はなかった。
私の知っている名前の中で最後の一人、彼女がダメならもう片っ端から行くしかない。
だが、確か一番仲がよかったのは彼女であるはずだ。
祈る気持ちで通話ボタンを押す。
幸いというか、コール音が聞こえた。
お願いだ、出てくれ。
その願いが通じたのだろうか5回目のコールで何度か聞いた事のある声が出た。
「はい?」
不審そうなその声に慌てて名前を名乗る。
そのまま、妻が居なくなった事、置き手紙があった事等を勢い込んで話しきった。
電話の相手は私の話の途切れるのを待って、困惑をしたようにつぶやく。
「あの子が失踪?そんな、このタイミングで?」
「え?」
ちょっと不思議な事を聞いた様な気がして聞き返す。
「あ、いえ。あの、その書き置きってどんな事が書いてあったんですか?」
身内の恥になる事なのでどうかと初めは思ったが、何か手がかりになる事があるかも知れない、そう思い
その用紙を読み上げる事にした。
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