決して長くはない文章だが、読み上げるのは苦痛だった。

自分の欠点を大声で発表しているようなものだ。焦りと恥ずかしさからしどろもどろになりながらも

どうにか読み終わる事が出来た。

電話の向こうの彼女はただ静かに聞いていた。

「……以上です。」

「……その紙がどこにあったんですか?」

「……電話の所です。恐らくファックスで出先から送ってきたのだと思います。」

「そう、ですか……」

電話の向こうで考え込むような様子で、彼女は黙った。

何とも居心地の悪い沈黙であった。この間に、妻は少しずつ自分から遠ざかって居るのだろうか。

考え直して戻ってきてくれるような事はないだろうか。

いきなり、今ドアが開いて……

「あの、一つ聞いてもよろしい?」

一瞬焦りのあまり電話をしている事を忘れていた。

「はい?」

「……その文章に心当たりがおありなんですか?」

聞きにくい事だろうが、今は必要な質問なのだろうか。

何か、凄い悪い事をしたような気持ちで答える。

「心当たりは、あります。昨日、大喧嘩をしたりしておりますし。言われてみれば自分勝手な事を

してきていたのかとも思います。」

「そう、ですか。……私は彼女は幸せな家庭を築いたのだと思っていましたが、やはり、内情は

どの家も同じなのですね。」

そうして、電話の向こうでは再び考え込む気配がする。

少し、私も焦ってきていた。この間に本当は何かする事が出来るのかも知れない。

「あの、妻が行きそうな所を知りませんか?」

「……ああ、ごめんなさい。彼女には私が連絡を取ってみます。そうすればすぐに帰ると思いますよ。」

随分と簡単に言うがありがたい。

「よろしくお願いします!私は反省していると、話し合おうと伝えて下さい。」

「……その心配は多分無いですよ。」

何か、微妙な物言いだった。笑いを含んでいるとかではないが何か……

「あの、どういうことでしょう?」

「……ごめんなさい。その書き置きは私が書いた物です。」

不覚にも何を言っているのか判らなかった。

「……どういうことでしょう……」

「……その書き置きは『私が、私の夫に宛てて書いた物』です。恐らく、私の夫が私を捜す為に

彼女に連絡を取り、その手がかりとして彼女に送ったファックスだと思います。」

力が抜けていくのを感じた。私は何という勘違いを!!

「では……」

「ええ、彼女は家を出た訳ではなくて私を捜しに出ただけだと思います。ですから、私が戻れば

すぐにお家に帰ると思いますよ。」

私は、何を焦っていたのだろうか。力が抜けると同時に滑稽に思えてきた。

「でも、今回は勘違いだったとしてもちゃんと話し合いはしてあげて下さいね。」

大きなお世話だ!!と言いたかったが口には出せなかった。声を出せばあまりの滑稽さに

笑い出してしまいそうだった。

「でも、彼女は幸せでこんな悩みなんて持ってないのだと思っていました。どこの家庭も同じなんですね。

そう思うと、私もやり直せるような気がします。お騒がせしました。」

そういって電話が切れると私は力が抜けて座り込んでしまった。

人騒がせにも程がある。だが、それに振り回された自分が一番おかしかった。

笑い出すと、止まらなくなるような気がして部屋を見回す。

リビングにもう湯気を出さなくなったコーヒーのカップが見えた。

風呂場から出しっぱなしの水音が聞こえた。

『どこの家庭も同じなんですね』

もう一度彼女の声が聞こえたような気がした。

人は、あちらこちらで莫迦な事を繰り返している。

そう思いながらようやく力の戻った足に活を入れ風呂の水を止めに立ち上がる。



                                                            Fine


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ひとこと………今回は後書きはありません。書くような事もないし(笑)