喧噪は収まらなかった。ざわざわと実験室の周囲では囁きの波ができていた。

「実験に戻る?」

無理もない。何がどう作用して先の実験が失敗したのか、彼女に何が起こったのか判らないまま、余月は

実験を再開しようと言うのだ。実験の責任者であるマックス博士は蒼白になったまま動かない。

部屋に残った能力者達も怯えた表情で余月に話しかける。

「実験を、再開するんですか?こんな事が起こったのに?」

その不安の表情に答えたのは考え得る限りの極上のほほえみを浮かべた余月であった。

「こんな事があったから、再開するんです。何があったか判らないままでは終わる事が出来ないでしょう?

先の被験者に替わり私が装置を付けます。実験員は準備に取りかかって下さい。」

 一瞬の間が空いた。と言うより、周囲が余月の言葉を把握するまでに時間が掛かった。

無理もない事だ。通常の神経で口に出来る言葉ではない。つい、聞き違いかと周囲の様子を窺い

その周囲の表情を見て、聞き違いではない事を確認する、そのための時間が空いたのだ。

なんと言っても、元研究主任である。それが、この状態に於いて自ら被験者となると言われても

正気の沙汰とは思えないではないか。

故に更なる無言の時間が流れた。余月の表情で本気だ、と判断した研究員の一人が立ち直るまで。

「待って下さい。先程の状態からして彼女の回復を待った方がいいんじゃないですか?」

「……研究を中止するなら早く判断した方がいいだろう。」

意図的に、だろう。小さな声で余月が言った言葉は周囲には聞こえる事がなかった。

「え?」

聞き返す先の研究員に今度は通常の声で返す。

「気持ちはわかるが、先の被験者が機械からどのような影響を受けたか、あの状態になったのが

この機械のせいなのか、まだ判らないだろう?せめて、もう一人分の臨床データが欲しい。だが

他の者をと言っても名乗り出る者は居ないだろう?」

「……しかし、六陽先生が自ら被験者となる事も……」

「危険だから止めろと言うので在れば、私以外の誰がやっても変わりない。そうじゃないか?」

「……いや、そうですが、しかし……」

研究員も気が付いている。会話が空転している事に気が付いては、いる。

だが、おそらくこれが通常の反応なのだ。

危険な事をしようとしている人間を見て、ただ放置すると言う行動に対しては良心の呵責に苛まれて悩むのが

本来の人間の行動なのだ。

だが、余月は揺らぐ事がなかった。

「ご心配頂きありがとう。これが私の我が儘だと言う事も判っている。だがやらせてくれないか?

私は研究の結果は自分で確かめたい人間なんだ。でないと納得できない。判ってはもらえないだろうか。

……マックス博士!実験を許してはもらえませんか?」

ガラスの向こう、データ集積室でマックス博士はただ頷いていた。余月の迫力に押された部分もあるのだろう。

頷いて、そんな自分に気が付いたのだろう苦笑いをして席に座り直す。

その様子を見て、止める者が居ない事を把握した研究員達が動き出した。

余月は研究室に残った能力者達を振り返って笑った。

「大丈夫、はじめようか。」




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