期待に目をキラキラさせている人々の間から『廊下は静かに』などと言う白々しい張り紙が見て取れる。

今、この場では何の役に立つのやら、と思いながら余月は振り返った。

普段なら研究所などと言う所は咳一つですら睨みが飛ぶ様な所である。だというのに、今は

その空気がどこへ吹き飛んだやらと思われる程のお祭り騒ぎであった。

廊下にいる者達の数から考えても、いつもならば他の研究をしている者達も混ざっていよう。

それこそ、何か音楽でも流れた日には踊り出すのではないかと思う程のハイテンションであった。

余月はその中で妙に浮いてしまっている。

別に浮かれる立場でもないのは事実なのであるが、実は不安を拭いきれないのには訳があった。

件の“増幅装置”の時のアクシデントはこういった最終実験の際に起こっていたからだ。

『大丈夫なんだろうか……?』

実験室の隣に設けてあるデータ集積室に入って更にそう思った。

「被験者は、女性……ですか?」

「ええ、中央の椅子に座っている彼女が被験者になります。」

嬉しげにマックス博士が答える。監視用ガラスから見える70坪程の実験室には7名の男女が

円形に配置された椅子に、硬い表情で座り込んでいた。

「……被験者を変える事は出来ませんか?」

「今からですか?誰に変えようと言うのですか?」

自分が替わりに……と余月が口に出そうとした時集積室のドアが閉まった。

「被験者のデータが安定しました。実験を始めます。」

「ああ、始まってしまいましたね。」

さほど残念とは思っていない様子でマックス博士が監視ガラスの向こうに目を向ける。

実験室の中の被験者の女性は円の中央に椅子を置き目を閉じたまま座っていた。

額には鈍く銀に光るサークレット。厚さ5ミリ程、太さは4〜5pという所か。

特に飾りが付いている訳ではないその金属が“妨害装置”なのだろう。

そして、その周りを等間隔に囲む様に円を描いて座る者達が“能力者”。おそらく、今考え得る限り

最強の能力者達なのであろう。

「小さくなりましたでしょう?」

誇らしげにマックス博士が話し始める。周囲では研究員達が臨床データを取っているというのに

邪魔になるとは思わないらしい。

「メインの装置自体はあまりいじれませんでしたのでね。材質を変える事から始めました。」

語り出しそうなマックス博士に気がつき、余月は必要な事を聞き出そうとする。

「あの、私は材質の事は聞いても判りませんのでね、教えて頂けませんか?実験の方法は?」

言葉を切られても、嫌な顔をしないのがマックス博士の良い所なのかも知れない、とこういう時に思う。

「ああ、まず能力者の集中を待って、3分間の読心を。次に3分休んで再び集中。これを1ターンとして

10ターンまで行います。1ターンごとにお互いの結果を伝えあい、確認をして集積室のデータに付加し

ここで問題がなければ実験は全て終了です。」

「そう……ですか。」

目前の実験室の中ではおそらく1ターン目が終わろうとしているのだろう、と見て取れた。

被験者の女性は緊張の為か手を握りしめ、口を引き結び体を硬くしていた。研究員からの注意により

大きく息を吐き緊張をほぐしては見たが目は閉じられ、開く事はなかった。

瞳の表情を読まれては、と思ったのもあるのであろう。

そして数分の後、能力者達は1ターン目の終了を告げた。

「彼女の思考は、表層、深層、共に解読不能です。」

研究所内は大きくどよめいた。

「成功だ!!」

と言う気の早い声も聞こえた。


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