世をはかなむ余月の背中に活を入れたのは突然鳴り響いた電話のベルであった。

つい、硬直した男性陣にあきれつつ清和が立ち上がる。受話器を取る手がそれでも一瞬

ためらったのは、嫌な予感が拭いきれなかったからであろう。

「はい、六陽です。……は?……あ、はい少々お待ち下さいませ。

……兄さん、名倉教授から……。」

「名倉教授?……はい、変わりました。」

なにやら不穏な空気に押され、つい、余月に注目が集まる事となる。

「はい。……は?……いえ、それは。………いや、そうですけれど……。」

向こうの声が聞こえないのだ、判るはずがない。

「清和、名倉教授って誰だっけ?」

「ええと、確か、兄さんの学生時代の恩師、って聞いてるけど……。」

「ふ〜ん」

そうこう言っている間に受話器が降りた。

そのままの姿勢で、ふるふると震えている余月にただ事ではない雰囲気を感じて朱明が

おそるおそる声をかける。

「どうした?兄貴。」

「どうしたもこうしたも、あの博士……!!」

と、言葉を継ぐ暇もなく再び電話のベルが鳴る。

舌打ちを一つ打ち、そのまま余月が取る事となる。

「はいっ、もしもし?」

軽く切れかけの語勢で出る事は出たが余月の勢いはここで終わる事となる。

「もしもし?……浅井先生ですか!!」

つまりはこういう事である。マックス博士は諦めた訳ではなく、方法を変えたのだ。

直談判が効かないと見ると、おそらく、あの後すぐに連絡をしまくったのだ。

『研究に加わる様に説得を手伝ってくれないか。』と。

それも余月が世話になり、おそらく逆らう事はないだろう人々に。

なにせ、現在権力を持っているのは科学者達を束ねる者達であるし、参加する事は

余月の為にもなるかも知れない、また、逆に逆らう事は余月の為にはなるまい、と考えるに

至った恩師達は即座に余月に連絡を取ったのだ。

故に、この後、10件近い電話が続く事となった。

「…………。」

「ごくろーさんでした。」

流石の余月とて疲れ果てた。ちゃかす様な朱明と哀れむ様な清和、不安そうに見る貴之の

視線が集中する。

「で、どうするの?この件は?」

「……他の奴らならともかく、よりによって、と言う人たちをかき集めてくれたらしいからな。

あの人達の顔に泥を塗る訳にはいかないだろう。……貴之さん、明日連絡をして向こうへ行く

事となっても病院の方お願いできますか?」

「いいですけど……どれ位の予定ですか?」

普通こういう事は聞かないであろう。研究の進み具合も知らないし答えられるはずはないのだから。

だが、余月は言い切るのだ。

「1年以内には帰ってきます。」

帰ってきたい、と言う願望も多少は含まれているのであろうが。





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