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「客員という事は関係ないのです。私は一応本業がありますし、ここを離れる訳にはいかない。

まして、その様な研究に参加させて頂いた所で皆さんの足を引っ張るばかりだと」

「足を引っ張るなんてとんでもない!!私どもは、六陽先生の学生時代の研究論文を拝見致しまして

これは、と思い参上させて頂いた次第で……。」

……とうとうと始まってしまった……。褒めて主の気分を良くさせ、懐柔をしようと言う作戦なの

だろうが、褒められれば却って気持ち悪がるひねくれた者も世の中には存在する。

六陽と呼ばれたこの家の主がそういう人物であった。見れば、その目は剣呑な光を発している。

しかし懸命に『論文』のすばらしさを語ろうとする科学者とその同行者達には人の表情と様子を

見ながら語る気は毛頭ない様で……こういう人物には直球しかないのだ。

「失礼ですが。お断りさせて頂きます。」

……角が立つ、とか考えている場合ではないと、そういう口調であった。

とにかく、黙れ、と言う圧力が言外に伝わり、流石の客人達も言葉を飲み込んだ。

「私は小さいと言えど、この町で開業をしている医師です。ここを空ける訳にはいかない。そこの

所をご理解頂いて、本日の所はお帰り願います。」

よく見れば、優男、と言う外見だった主の表情はどう、配置換えをしたのかすっかりきつい顔に

変わっていた。……おそらくはこれが性格を表した本来の表情なのだろう。

流石に、これ以上気分を害すると交渉のしようがない事をようやく悟って博士達は退場と相成った。




 客人を玄関先まで見送りため息をついた主の後ろでコツンコツンとドアが鳴った。

開けっ放しのドアを、わざわざ家の中からノックする奴がいる。更にため息を深くして主、余月(うつき)は

振り返った。そして流石にぎょっとした。

「いよう!兄貴。客は帰ったか?」

「………」

戸口でにやにや笑っている顔は流石に兄弟よく似た顔立ちだ。

だが、どこか優しげに見える(見えるだけだろうが)余月に比べ、相対する弟、朱明(あけあき)は野性的な

イメージがある。それは、決してこの状況の為だけではないはずだ。

この状況……とんでもない登場であったのだ。

見れば血糊の化粧をしている。そして、左の肘から先は、欠損しているのだ。

思わず探した欠落部分は右手が抱えている。

「聞くが、どうやってドアを叩いた?」

状況に沿っていないと思っても余月は聞かずにはいられなかった。事実上弟の両手は塞がっている筈だ。

「これをな、こうした」

その動作を見て、余月はもっとも深いため息をついた。

きっと朱明は知らない。常識という言葉を。普通やるだろうか?ちぎれた左腕をドアにたたき付ける

などと言う事を。

「朱明、普通やらないだろう?」

そういいながら触診断は始まっている。

「おし、手術室行ってろ。用意したらすぐ行くから。」

状況の割に軽い会話で屋内へ戻る二人である。詳しい話は手術の後という事になりそうだ。

「急患用の手術室入って良いか?」

「……今のお前が急患じゃなくて誰が急患室使うんだ?」

あぁ、緊張感のない会話だ……





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