まず、余月が実験の際に何を見たか、と言う説明が必要だろう。
実験の開始と共に、起こった事は視界異常であった。それは、機械のスイッチが入ったと同時に起こったのだ。
まずは、風景が大きくズレた。今考えると風景全てがズレた訳ではなかったのかも知れない。
ただ、余月は視界の異常を感じ、まずは大きく瞬きをした。だが、ズレと思われた異常は無くなる事はなかった。
次に余月は自分の両手を見ようとした。膝に置かれた手を持ち上げ、手のひらを上に自分の目の前へと。
だが、見えているのは違う物であった。肌色の少しごつごつとしたそんな手は目の前に存在しなかった。
在ったのは、まるでホラー映画で見た様なひび割れて不思議な色をした皮膚、赤黒い爪、想像をしていた物と
まるきり違う映像。
だが、それは余月の意のままに動いた。ひらひらと動かしてみるとそれは余月の感覚通りの動き。
そして何よりそのグロテスクな手に巻き付いているのは余月の腕時計。
だからこそ判った。これは確かに自分の手なのだ、と。
そうして、余月は次に周囲を見渡した。そうして『彼女』が何に怯えたのかを知った。
実験室の内と外、そこにいるはずの人々の姿が違っていた。
先程の実験の時とは違い周囲の人々の表情はおそらく硬くなっているのだろう。
息を詰めてこちらを見る、その人々は先の余月の手と同じように人として、記憶にあるその姿ではなかった。
もし、先程の彼女の時の様に期待に満ちた表情で彼らがこちらを見ていたら?
何も心の準備のないままでいきなりこの映像が結ばれたら?
パニックを起こして然るべきではないのか?
余月は納得していた。
そういえば、彼女は実験が開始されてからずっと不安にその瞼を閉ざしていたではないか。
『実験成功』という周囲の歓喜の声にようやくその瞳をあげたのでは。
その時、目に入った映像は予想だにしないグロテスクな生物たちが歓喜の声を上げるその姿。
そして、その生物が近づいてきたらいったいどのような行動を取るだろう?
逃げ惑うそのうちに自分の手や足が見えてしまったら?
そう考えてる余月に遠くから『実験成功』の声が聞こえた。
「スイッチを切ります。」
その声と共に再びいつも見慣れている人間の姿が現れた。
機械の作動による二次的な作用である事がこれで判った。
「御気分は、いかがですか?」
実験員が声をかける。
「良くはないよ。」
ため息と共に余月は返す。どう、説明をすればいいのか考えなければならなかった。
「マックス博士と研究主任達を呼んでくれ。可能な限りの人数を。」