都では日々の生活に困る程、困窮は現れては居ない。
だが、何かあってもきっと誰も何もしてくれない、という無力感と、だから何かしてはいけないという
脱力感が世界に満ちていた。
物資は満ちあふれ人々は多く往来しているのに、街には活気や生活感が薄く、
作り物の街の様であった。
街の者は小さな声で時々つぶやき合った。
「先王の政治はしっかりしていたからね。豊かな生活が出来るようになったよ。ただ、現王は……
いっそ愚王であってくれれば良かったのに……。」
その声には哀れみと、少しばかりの罪悪感と、諦めが聞いてとれる。
何故にか現王は疎まれている。それは、その政治力や人物とはほど遠い所で生まれた
感情であった。
王が大臣達の傀儡である事は、国の者達はみな知っている。その事すらも疎まれている
理由にはならない。
ただ、その存在が……そう、存在が疎まれていたのだ。
ため息をつき合う者達は視線を上げる事もなく、その軒先を走り過ぎていく者に気を止める事もない。
街中を走り抜けるその者は、うつむき囁き合う人々を見て唇をかみしめる。
だからといって、何をする事も出来ない自分をも知っていた。
今は、何も出来ないのだ。
そして、自分に何かできる時にはきっと手遅れなのだという事も判っている。
これでは、街中でため息をついている人々と変わりがない。
それが悔しくていっそう強くかみ締めた唇からは小さく血が滲んでいた。
……いや、もしかしたらあの人々よりも自分の方がこの国を追いつめているのかも知れない。
それは、考えてはいけない事なのであろうけれども……
地の利を生かして建設された王都の背後には、白く切り立った岩壁がある。
その中腹には限られた者だけが入る事を許される祠があった。
それは、政治的にも軍事的にも大きな意味をなす所であったので、常に見張りが立てられ、
封印をされた場所であったが、その日この場所を訪れた者を止める事が出来る者は
この国にそう多くは居なかった。
祠に続く洞窟の入り口に作られた詰め所で、その日の当直であった兵士達は青ざめた。
「兄王は来ているか!? 」
従者も連れず、ただ一人山をかけ上がってきたその姿は、
元来ならば近くに寄る事すら適わぬはずの人。
「マリス王太子。何故供も連れず、ここへ!? 」
「王が供も連れずに来ているのだ。まだ、太子の私が一人で来てなんの問題がある。
それよりも兄王が居られるだろう?どちらにいらっしゃる。」
兵達は顔を見合わせる。通して良いものか悪いものか判断に困っている様子だった。
この国は王の政治への関与を嫌うかわりにそれ以外の所では王の機嫌を損ねてはいけないと言う
不文律が存在する。それに触れはしないかと言う事が一兵卒の立場では判断できかねるのだろう。
「返事が出来ないという事はこの奥にいらっしゃるという事だな?……悪いが、罷り通る。」
マントを翻して警備を振り切ったその顔は、先程街中を走っていた彼であった。
名をマリス=ガル=サマリスク。
この国の王の弟にして王太子。王国はこの者の王位継承をただひたすらに待っている。