どこからか水音が聞こえた。

その祠は、さして広い場所ではなかった。

奥行きは深く天井は高かったが、まるで長い廊下のように横幅がなかった。

おそらくそのように作られたのだ。

壁は平らに削られ見事な絵が描かれてはいたが、突起物となる装飾は一切施されることはなかった。

多くの者を通すことはなく、隠れる場所を許さず。

その様に作られた祠の奥には、しかしその壁画の見事さに比べ粗末な社があるのみ。

その中をマリスは無言で進む。

王族以外の者は、然るべき日を選び身を清めてから入らねば「良からぬ事」が起こるとされる

白い扉はその背後で静かに閉じる。

閉じられた空間で、どのような仕組みなのか壁がほの白く発光を始める。

そうして、奥まで見通すことの出来るほど明るくなったその場所にはマリス以外の何者もいなかった。

だが兄王を探しに来た筈のマリスは、ただ無言で社の前に立った。

その社の扉の中には、翡翠だろうか?砕かれたらしき破片が小さな山を作っていた。

その左右に古びた小さな鏡が1つずつ、飾ると言うことではなくただ置かれている。

静かに、ただ静かにマリスは社の前に立ち尽くしていた。

……どこからか水音が聞こえる。

その音が突然不規則になったような気がした。

それに押されるようにマリスが動く。

右手を片方の鏡に、もう片方にどこから出したか小さな印章をかざす。

水音が徐々に大きくなったのが判った。

社の背後に小さな光る滝が現れた。

先程と同じ格好のまま、マリスはただ滝の幅が広がってゆくのを見ていた。

ちょうど、その幅が人一人が手を広げた位になっただろうか。

不意に滝の水量が弱まった。

ポトポトと落ちる水滴が収まると社の奥には更に奥につながる通路が現れていた。

ゆっくりと、何かを警戒するようにマリスは鏡の上から両手をどける。

開かれた通路はただ、静かにそこにある。閉じようと言う様子は見られない。

ゆっくりとその通路に歩みを進めた。

水の音が、せせらぎの音が響いていた。

先ほどの祠よりも明るい光に満ちたその通路は、自然のままに近い洞穴であった。

より明るい方角に進むと、不意に大きく開けた場所に出た。

正面には空が見えた。

自然の光が降り注ぐ中、その広場の中心ではこんこんと泉が湧き出していた。

そのほとりには、一人の人物とひとつの不思議な物体があった。

その姿に、一瞬マリスは息を呑む。

何か、この世のものとは相容れないものを感じ取ったような気がした。

『こぽん』と泉が音を立て、その人物が身じろいだ。

ゆっくり振り返るその人物にマリスは声をかける。

「兄上、こちらで何をされておられる。」

そう、そこにいるのは、ビスク=イル=ディ=ルーシア。

ルーシア国の疎まれた王。




        戻る          小説トップへ           トップへ          次へ