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そこにはまだ誰も居なかった。

だが目をこらせば僅かに空間の揺れが感じ取れた。その揺れは突如映像に、そして実像になる。

現れたのは彼とさして変わらぬ年齢の青年。

「ああ、半分になってやがる。まだ咲ききってもいなかったのに……お前が、やったのか?」

目を丸くし、なんの悪意も感じさせぬその青年に、彼は僅かに警戒を解き幽かな自嘲の笑みを

浮かべる。

「多分、そうだと思います。」

「多分?……随分と曖昧だな。でもそれならさっきまでこの空間を閉じていたのもお前だろ?

 たいした能力者らしいけど……散らした花はどこへやった?」

見れば、五分まで散った桜、その花びらは一枚たりとも足下に残ってはいないのであった。

「あなたに答えなければならない理由はないと思いますが……」

迷惑そうに、と言うより質問そのものに困惑したように彼は視線を迷わせる。

「そう言われればそうだけどさ、あれ程完璧に閉じられた空間から、物をどこかに送り出せる

 とは、と思ってさ。」

「興味本位、ですか?」

「……言いたくないのに無理に、とは言わないけどさ。」

青年は聞いては行けない事を口にしたと思ったか申し訳なさそうな表情になる。

「……手向けなのです。」

彼は目を伏せてつぶやいた。

「……手向け?」

「……つい先程、一つの次元が消えました。その、何もない空間に手向けの花を……」

「消えた?……それは『消えた』のか?『消した』のか?」




 彼らが、『神の民』と呼ばれるのには『人にはなしえない能力を持つ』という理由の他に

意味はない。

しかし、彼らがそこに苦しみを覚えるのには別の理由があった。それが、天から与え

られた責務。

『誤った方向に向かっていると思われ、他に悪しき影響を及ぼすと思われる次元を

抹消する。』という重責。

彼らには次元を構成している全ての物をその空間とともに抹消する能力が備わっていたのだ。

それは、”絶対”の決断しか許されぬ種である彼らにはあまりに重い。

だが彼らとて、その能力を行使する事を良しとしていた訳ではない。

一度はその能力を否定し、封印し……しかしその時に彼らは神の意志を見たのだ。

それは『新しき次元旅行者』という能力を持った部族の種と彼ら自身の種としての衰退。

神はこの世界で彼らにその指命を遂行する以外の役割を与えるつもりはなかったのだ。

そして、彼らは決意した。

『いずれ、誰かが背負わなければならない事。ならば我々が負っていこう。』と。

それは、種を守る為の保身と判った上での決断。彼らは組織を整え次元管理局を作った。

しかし反目する者も現れた。

『自己犠牲に泣く様な理屈を付けても所詮は偽善。ならば、我々は種の滅亡という

偽善を選ぼう。』

彼らは種の決定から離反し別の集団で生活を始める。

しかし、彼らは滅ぶことなく『自由民族』という集団を形成する事となる。

種の一部が責務を負えば天に逆らう事にはならないと言う事か?

そして『次元管理局』と『自由民族』はお互いに負い目と反目を持ちながら長い歳月を越える.




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