くすくすと、忍び笑いが校舎を渡っていった。

期末試験も終わり、学生はただ夏休みを待ちながら退屈を育てていた。

校内にいた所でもう授業が在る訳でなし暑いばかりで、殆どの生徒は部活なり、バイトなりで

校内にはもう数える程しか居ないのだろう。喧噪は、遠くグラウンドに残るばかり。

だが、ここにはまだ数名の女生徒が集まっていた。

物理科学の実験棟。彼女らは実験室の鍵が開いている事に気付き忍び込んだのだ。

くすくすという忍び笑いの中で一人が話の口火を切る。

「ねえ、知ってる?」

それは、ありふれた教室を非日常の世界に引き込む小さな口火。

誰もがその内容を知りながら静かに次の言葉を待つ。小さな期待と畏怖を込めて。




「ねえ、知ってる?この教室にさ……『出る』って噂。」

ひゅっ、と誰かが息を呑む音がした。それが却ってみんなの緊張をあおった

「え?それってさ、『残ってる』っていう話じゃないの?」

「だから『出る』んじゃないの?」

元が伝聞であるので、多少行き違っているようだ。

心の中であたしを含める全員が自分の知ってる噂を反芻している様だ。

「あたしが聞いたのは『念が残って』てそのせいでここで事故が続いてるんだって。」

心霊好きで知られるAが口を開いた。そういう話はどこで聞いてくるのか彼女が一番詳しいのだ。

「先輩が言ってたよ。先月も薬品の瓶が突然割れて火傷した人が居るんだって。」

「あ、聞いた聞いた。他にも毎月のようにここで怪我する人が居るって〜。」

「それって、あれでしょ〜?5年位前の始めの事故。それで犠牲になった人の、って奴でしょ〜?」

口々に、それでも大きな声だけは出せずにみんな自分の知ってる事を口に出す。

中の一人、Bが更に小さな声を出す。

「ねえ、そういう話。ここでしても大丈夫なの?」

みんな知っている。Bがこういった話を苦手にしているのを。だが、その怖がるような様子を見て

現実派と言われるCが殊更に驚いて見せた。

「やだ。本当に信じてるの?こういう話。」

口ごもるBを見ながら、だがみんな思っている。信じていなければ、面白くはないのだ。こういった話は。

そんな中、Aがまたみんなを煽る。

「信じるも何も、あたし見た事在るもの。」

ああ、また始まった。と全員が思った。Aは自分に能力があると公言して憚らないのだ。

それが本当か嘘なのか誰も証明する事が出来ないので、誰も口を挟む事はない。

嘘ならば害はないが本当なら刃向かうと怖いから、そして、なにより、本当だったら面白いから。

「5年前の男の子らしき影を薬品棚の所で見たよ。」

一瞬の間が空きあたし以外の全員が薬品棚の方向に注目する。それはちょうどBの後ろにあった。

「えっ!やだ!今は?」

半泣きでBはみんなの方に寄ってくる。それを、少し意地悪く見ながらAは言った。

「わかんない。こういうのは集中しないと見えないし。」

「そういうもんなの?」

「うん。でも、向こうが見て欲しい時は見ようとしなくても見える時があるけど。」

あたしは、ちょっとうんざりしてAをみる。ちょっと、その言い方はズルイと思う。

Bはもうびくびくしている。本当にこういう話嫌いなんだ。

「その子が他の子達に悪さをしてるの?」

「そうなんじゃないの?だって、あたしが見た時凄い悪い気を放ってたし。」

「ええ〜。やだ〜。」

ここに、Aと言う人間が居るからこそ本当の事のように感じられて全員が嫌な気持ちになった。

その時のことだった。



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