幻獣 vol.1

 時は緩やかに過ぎる。

何時か宇宙が生まれたその時からなのか、それとも永劫より流れ続けている物なのか

誰も追求しえる物はいない。

しかし、時は静かに流れ、澱む事はない。




 次元界という物が存在する。それは平行し、時には交差して在り続ける全ての可能性である。

例えば、今、目前に分岐点が存在し、いずれの道を選んでも何らかの形で目的に達する事が

出来るとした時、人は目に見える分岐の数よりも多くの可能性を持っている。

そして決断。 道を選んだその瞬間、未来は一つの可能性に収束し、他の全ての可能性は

霧散してしまったかのように見える。

だが本当に、その時、他の可能性は無くなってしまうのだろうか?

答えは、「否」である。 それはそれぞれ独立して、同時に違う次元で進行していくのだ。

更に多くの可能性を増殖させながら……

故に分岐点には必ず次元の裂け目が生まれる。そしてそれは今も増え続けているのだ。

その正確な数値を把握できる者はどの宇宙を探しても存在する事はないだろう。

いや、大概の知的生物は別次元の存在すら知るよしもないのだ。

だが、ここに別次元その存在を確信する種族が一つだけ存在した。

造物主の気まぐれによって生まれたとしか思えぬその種族は、次元の壁を越え、

他の種族の生活する他の宇宙などに入り込む事が可能なのだ。

それこそ、1次元、2次元などの物質の存在定義が違う所以外は。

 そして、彼らはその特殊な能力の代償としてまた1つの物を奪われていた。

広い次元界に於いて、彼らは各々唯一の者であった。いかなる分岐点に於いても、彼らには

次元の裂け目は存在せぬのだ。

決断の瞬間全ての可能性は消滅する。知らねばなんの事はないその事実は、

彼らに苦悩の影を呼んだ。そしてその苦悩は彼ら種族に与えられたもう一つの能力を

確認した時、焦燥へと変化したのだ。

やがて、彼らは造物主を呪う。

彼らに対する過剰な期待、或いは大きな呪いを掛けた物に対して…

だがなんという皮肉か。彼らを知るいくつかの種族は彼らを 「次元旅行者」 と呼び、

この言葉に「神の民」という意味を付加した。

もっとも忌み嫌う物と同列にされた彼らは、しかし宿命に立ち向かえる程の強さは

持ち合わせてはいなかった。

やがて抵抗を止め、彼らは与えられた能力をふるう事になる。

だが、その重荷は彼らの心に大きな影を落とす事になるのは分かり切っていた。

  『我等は魔の民、人の宿命より離れ、

           聖なる心を持ち得ずに、聖なる能力を行使する逆賊なり』

緩やかに気の遠くなる程僅かな速度で彼らは歩みを止め、狂気に染まりゆくかのようであった。





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